2018年07月14日

『夏休みの自由研究』にはプログラミングを!

楽しい夏休みが始まります。
しかし,最後に『夏休みの自由研究』の宿題で追われないように,今から準備しておきましょう。

2020年から小学校でも,プログラミング教育がスタートします。
また,すべてのものがインターネットにつながるIOT時代はすぐに来ます。
プログラミングの技術は,大人になったときのスキルとしても非常に役にたちます。

「プログラミング初級編3冊セット」では,全14回で,パソコンの使い方から,スクラッチの基本を学習し,自由研究として提出することができます。
ぜひ,この機会にご利用ください。

現在,Yahooショッピングでは,夏休み特別ポイント3倍セールを実施中です。
この機会にご購入ください。
Yahooショッピングのサイトはこちら

なお,プログラミングや自由研究のまとめ方について,
夏休み中はメールにて質問をお受けしています。
疑問点があれば,どしどしメールください。

メールはこちら


■自由研究のまとめ方
 自分で作成したスクラッチの作品は,次のサイトに公開することができます。
 そうすれば,先生や友達にも見てもらえます。
スクラッチの作品はこちら

 しかし,自由研究として提出するには,紙に書いて提出する必要があります。

★用紙
 力を入れるなら,模造紙に,色を使ってまとめるのがいいです。
 A4サイズのレポート用紙でもいいです。

★内容
◎自由研究の題名
 わかりやすくて,みんなが注目するような題名をつけよう。

◎クラスと名前

◎何を作りたかったのか,それを選んだ理由
 
◎スクラッチ言語の簡単な紹介
 テキストにのっているから,そこからのせよう。

◎プログラミング
 プログラミングをカラー印刷して貼ろう。
 プログラミングが見れるアドレスも書いておこう。

◎作ってみて苦労した点

◎今後改善したい点

◎感想・まとめ

スクラッチ・ナビホームページはこちら

スクラッチ・ナビパンフレットはこちら

*ただし,中級編の発売は未定となっております。

スクラッチ・ナビ見本はこちら

エデュコムのサイトはこちら

「成績アップのための学習法」を応援していただける方は。下の2つのボタンをクリックお願いします。
にほんブログ村 受験ブログ 高校受験(本人・親)へ


高校受験 ブログランキングへ
posted by test at 14:21| Comment(0) | 自由研究

2017年08月26日

まだ間に合う自由研究

夏休みも残り1週間を切りました。
地域によっては,もう始まっている学校もあるかもしれません。

こんな時期に,まだ自由研究が終わっていないとあせっている人はいないでしょうが。
もし,いたら,異常気象が続いた今年の夏にぴったりなのが気象の自由研究です。

気象庁のこちらのサイトでは,いろんなデータを入手できます。
今年の夏休みの期間と1年前,2年前の気象を比較して自由研究にしてください。

過去の気象データはこちら

今年は雨が多かったです。
東京都千代田区北の丸公園にある東京の観測地点での雨量は下記のようになります。

ほんの少量で雨量は0となっている日もありますが,
8月の1日〜25日で雨が降らなかったのは,22日,23日のたった2日だけです。

201708jpg.jpg
201608.jpg
201508.jpg

あくまでデータを利用するだけで
表やグラフは自分で,手書きしてください。

最後は,雨が多かった分析です。
下記のサイトにもありますが,
オホーツク海高気圧が強く,太平洋高気圧が弱く,
8月になっても梅雨のような気圧配置であったことです。

8月の東京は16日連続で雨…夏はこのまま終わっちゃう!?はこちら

エデュコムのサイトはこちら

「成績アップのための学習法」を応援していただける方は。下の2つのボタンをクリックお願いします。
にほんブログ村 受験ブログ 高校受験(本人・親)へ


高校受験 ブログランキングへ
posted by test at 13:30| Comment(0) | 自由研究

2016年08月26日

2016年台風の自由研究

 夏休みも残り少なくなってしまいました。
 もう宿題は終わっていると思いますが,自由研究がまだなら,今年の異常な台風についてまとめてもよいです。

■8月の台風の進路
 今年は8月に発生した台風が多く,関東に近づいた台風が多いのが特徴です。
 まず,数年の8月に発生した台風の経路を地図に書き込みましょう。
 白地図に自分で書き込んでください。
 データは下記のサイトを使ってください。
2016年は,4号以降
2105年は,13〜16号
2104年は,12〜13号
になります。
 8月は迷走することが多いのですが,関東に上陸することは通常ありません。

過去の台風の進路 はこちら

■2016年の異常の原因
 今年は8月に入って日本の東の太平洋高気圧が弱まり,西のチベット高気圧との間にモンスーン渦が発生したためです。
 モンスーン渦とは,直径約2500キロと、台風よりかなり大きな低気圧の渦のことです。地表では反時計回りの風が吹いていて,その渦の中や周りでは台風が発生しやすいのです。
MOON.jpg

 右端に沿って進むと関東に接近・上陸し,上から左,下とまわりに沿ってすすむと,来週きそうな10号の進路となります。
 詳細は過去のサイトで。
琉球新報記事 はこちら

■まとめ方
 自由研究はとにかく,自分で図やグラフにすることが大切です。
 最後のまとめも大切です。
 できればレポート用紙よりかは,模造紙にかいたほうがよいです。
 


メールはこちら

定期試験の予想問題を手に入れようはこちら

トレナビ試用版のダウンロードはこちら

「成績アップのための学習法」を応援していただける方は。下の2つのボタンをクリックお願いします。
にほんブログ村 受験ブログ 高校受験(本人・親)へ


高校受験 ブログランキングへ
posted by test at 13:39| Comment(0) | 自由研究

2016年08月16日

夏の暑さの自由研究

夏休みも残り2週間ほど,自由研究を何にしようかあせっている方もいるでしょう。
自由研究の定番といえば,気象ですね。
自分で記録するのが重要ですが,すんでしまったことは仕方ありません。
気象庁のデータを利用させていただきましょう。

過去の気象データはこちら

今年の8月はいつもの夏と少し違いますね。
毎年最高気温を記録するのは東京の北部の群馬県や埼玉県,名古屋の北部の多治見が多いのですが,今年は関東の北部が少なく,九州などの西日本が多いです。
ここ1週間はとくに,関東は涼しく,九州などの西日本が暑かったですね。
岐阜県多治見は今年もトップで不動ですが。
多治見市民の方,残暑お見舞い申し上げます。

最高気温のランキング はこちら

●2014年の最高気温
1.群馬県館林   39.5℃
2.岐阜県多治見 39.3℃
3.群馬県伊勢崎 39.0℃
4.群馬県前橋 38.8℃
4.埼玉県熊谷 38.8℃
4.山梨県大月 38.8℃
4.滋賀県東近江 38.8℃

●2015年の最高気温
1.岐阜県多治見 39.9℃
2.群馬県館林 39.8℃
3.福島県梁川 39.7℃
4.京都府京都 39.1℃
5.福島県福島 39.0℃
5.群馬県伊勢崎 39.0℃
5.大分県日田 39.0℃

●2016年の最高気温
1.岐阜県多治見 39.7℃
2.山梨県切石 39.2℃
3.山梨県南部 38.9℃
4.山梨県勝沼 38.8℃
5.千葉県茂原 38.7℃
5.愛知県豊田 38.7℃
5.岐阜県美濃 38.7℃
5.大分県犬飼 38.7℃
5.熊本県菊池 38.7℃

こちらのウエザーニュースのサイトでうまく説明しておられます。

西ほど猛暑に警戒 はこちら

今年は春に「エルニーニョ現象」が終わりました。
そのため,インド洋東部の海面水温が高くなっており,インド洋の周辺で上昇気流が発生し,その気流が下降してできる太平洋高気圧が強くなり,より西に広がり,西日本にも張り出したのです。

もうひとつ,太平洋高気圧より高い高度にあるチベット高気圧が今年は強く,日本の西日本まで張り出しています。
西日本は,ダブルの高気圧におおわれ,背の高い強力な高気圧となり,暑くなっているのです。
natu2.jpg

「エルニーニョ現象」は何かもしっかり調べてまとめてみてください。


メールはこちら

定期試験の予想問題を手に入れようはこちら

トレナビ試用版のダウンロードはこちら

「成績アップのための学習法」を応援していただける方は。下の2つのボタンをクリックお願いします。
にほんブログ村 受験ブログ 高校受験(本人・親)へ


高校受験 ブログランキングへ
posted by test at 11:28| Comment(0) | 自由研究

2015年08月21日

自由研究=台風=

 長い夏休みも,残すところ1週間ちょっととなってしまいました。

 今年は,夏休みがはじまった頃に双子の台風が来て,終わうとしている今,また日本の南には2つの台風があります。

typh21.jpg


 今年は台風の当たり年ですね。
 台風第15号 (コーニー),台風第16号 (アッサニー)ともに被害がないといいのですが。
 
 台風の情報と言えば下記の気象庁のサイトが使いやすいです。

気象庁台風情報はこちら

 しかし,データ量で米軍のサイトが話題になっています。
 使い方はやや難しいですが,上の四角をいろいろとクリックしてみてください。
 台風情報が見れます。

米軍台風情報はこちら
 
 どういう切り口で研究するかですね。
 日本をうかがう2つの台風で自由研究をまとめてみるのもいいですね。


メールはこちら

定期試験の予想問題を手に入れようはこちら

トレナビ試用版のダウンロードはこちら

「成績アップのための学習法」を応援していただける方は。下の2つのボタンをクリックお願いします。
にほんブログ村 受験ブログ 高校受験(本人・親)へ


高校受験 ブログランキングへ
posted by test at 15:59| Comment(0) | 自由研究

2015年08月18日

夏休みの自由研究=冥王星=

 夏休みも2週間を切ってしまいました。
 自由研究のテーマとして,冥王星が人気のようです。

 冥王星無人探査機「ニューホライズンズ」の情報によってわかったことについて,毎日新聞におもしろい記事がありましたので,紹介させていただきます。

 自由研究にいかしてください。

毎日新聞の記事はこちら



科学の森:冥王星、新たな謎 新しい地形造った熱はどこから?
毎日新聞 2015年08月13日 東京朝刊

meiou.jpg
 米航空宇宙局(NASA)の無人探査機「ニューホライズンズ」が7月、冥王星に1万2500キロまで接近した。人類が初めて間近に見た冥王星の素顔は「凍(い)てついた星」のイメージとはほど遠く、研究者の予想を超える発見とともに新たな謎も生まれている。【伊藤奈々恵】

 公開された冥王星の画像で人々の目を引いたのが、大きな白いハート形の地形だった。ハート形は東西方向の全長が約1600キロと、冥王星の直径の3分の2もあった。NASAのチームは、冥王星を発見した米天文学者トンボーにちなみ、「トンボー領域」と非公式に名付けた。

 トンボー領域をクローズアップした画像を見て、研究者たちはさらに驚いた。領域の西の端には、高さが3500メートルもある富士山級の山々がそびえ立っていた。領域の西半分は氷の平原で、大きなうろこ状の模様が広がっていた。

 探査前、冥王星は既に地質的な活動を停止し、表面は多くのクレーターがそのまま残っていると考える専門家が多かった。だが氷の平原にクレーターはほとんど見られず、最近1億年以内に起きた地質活動によってできた新しい地形だと考えられている。国立天文台の渡部潤一副台長(惑星科学)は「冥王星にこんなにも新しい地形があるとは思わなかった」と話す。

 冥王星の内部は、岩石の核を氷が包んだような構造だとされる。氷の主成分は水だが、窒素やメタンも含んでいる。地表は氷点下230度の極低温だが、地下に何らかの熱源があれば、窒素やメタンがまず溶け出して表面にあふれ、クレーターを埋めていくと考えられる。

 大きな謎は、こうした現象を引き起こす熱がどこから来るかだ。地球の場合、地下に含まれる放射性元素の崩壊が熱源になっているが、冥王星ははるかに小さいため、放射性元素をとっくに使い果たしてしまったと考えられてきた。渡部さんは、氷の断熱性が高いため、内部の熱が保たれた可能性を指摘する。

 もう一つの可能性は、衛星カロンの潮汐(ちょうせき)力だ。月の引力によって地球で潮の満ち引きが起きるように、冥王星の地下にもカロンの引力が働き、その摩擦によって熱が生まれる。このほか隕石(いんせき)の衝突でいったん溶けた氷が固まって平原ができ、盛り上がったクレーターの縁が山々として残った−−なども考えられるが、渡部さんは「今はクリアな説明はできない」という。

 一方、杉田精司・東京大教授(比較惑星学)は、表面の氷の組成が緯度ごとに異なる点に注目し、「冥王星が複雑な歴史を経てきたことがうかがわれる」と指摘する。探査機は地球から遠く離れ、通信速度が遅いため、すべての観測データが届くのは来年11月ごろ。「新発見」と「新たな謎」はまだまだ続きそうだ。


メールはこちら

定期試験の予想問題を手に入れようはこちら

トレナビ試用版のダウンロードはこちら

「成績アップのための学習法」を応援していただける方は。下の2つのボタンをクリックお願いします。
にほんブログ村 受験ブログ 高校受験(本人・親)へ


高校受験 ブログランキングへ
posted by test at 17:10| Comment(0) | 自由研究

2015年08月17日

内閣総理大臣談話

 夏休みの自由研究として、安全保障関連法案についてまとめている方もいらっしゃるでしょう。
 今月14日、政府は戦後70年の安倍首相談話を閣議決定しました。
 焦点となっていた「侵略」については、言葉は盛り込まれたものの、先の大戦における日本の行為を侵略だと直接言及することは避けました。
 
 内閣官房内閣広報室のサイトより、日本語と英語でご紹介させていただきます。
 英語の勉強としても両方に目を通してください。

内閣総理大臣談話(日本語)はこちら


平成27年8月14日
内閣総理大臣談話

 終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。

 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

 世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

 当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

 そして七十年前。日本は、敗戦しました。

 戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

 先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

 これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

 こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

 ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

 ですから、私たちは、心に留めなければなりません。

 戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

 戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

 そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

 寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

 私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

 私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

 私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

 私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

 終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

平成二十七年八月十四日
内閣総理大臣  安倍 晋三


内閣総理大臣談話(英語)はこちら


Statement by Prime Minister Shinzo Abe
Friday, August 14, 2015
               Cabinet Decision

 On the 70th anniversary of the end of the war, we must calmly reflect upon the road to war, the path we have taken since it ended, and the era of the 20th century. We must learn from the lessons of history the wisdom for our future.

More than one hundred years ago, vast colonies possessed mainly by the Western powers stretched out across the world. With their overwhelming supremacy in technology, waves of colonial rule surged toward Asia in the 19th century. There is no doubt that the resultant sense of crisis drove Japan forward to achieve modernization. Japan built a constitutional government earlier than any other nation in Asia. The country preserved its independence throughout. The Japan-Russia War gave encouragement to many people under colonial rule from Asia to Africa.

After World War I, which embroiled the world, the movement for self-determination gained momentum and put brakes on colonization that had been underway. It was a horrible war that claimed as many as ten million lives. With a strong desire for peace stirred in them, people founded the League of Nations and brought forth the General Treaty for Renunciation of War. There emerged in the international community a new tide of outlawing war itself.

At the beginning, Japan, too, kept steps with other nations. However, with the Great Depression setting in and the Western countries launching economic blocs by involving colonial economies, Japan's economy suffered a major blow. In such circumstances, Japan's sense of isolation deepened and it attempted to overcome its diplomatic and economic deadlock through the use of force. Its domestic political system could not serve as a brake to stop such attempts. In this way, Japan lost sight of the overall trends in the world.

With the Manchurian Incident, followed by the withdrawal from the League of Nations, Japan gradually transformed itself into a challenger to the new international order that the international community sought to establish after tremendous sacrifices. Japan took the wrong course and advanced along the road to war.

And, seventy years ago, Japan was defeated.


On the 70th anniversary of the end of the war, I bow my head deeply before the souls of all those who perished both at home and abroad. I express my feelings of profound grief and my eternal, sincere condolences.

More than three million of our compatriots lost their lives during the war: on the battlefields worrying about the future of their homeland and wishing for the happiness of their families; in remote foreign countries after the war, in extreme cold or heat, suffering from starvation and disease. The atomic bombings of Hiroshima and Nagasaki, the air raids on Tokyo and other cities, and the ground battles in Okinawa, among others, took a heavy toll among ordinary citizens without mercy.

Also in countries that fought against Japan, countless lives were lost among young people with promising futures. In China, Southeast Asia, the Pacific islands and elsewhere that became the battlefields, numerous innocent citizens suffered and fell victim to battles as well as hardships such as severe deprivation of food. We must never forget that there were women behind the battlefields whose honour and dignity were severely injured.

Upon the innocent people did our country inflict immeasurable damage and suffering. History is harsh. What is done cannot be undone. Each and every one of them had his or her life, dream, and beloved family. When I squarely contemplate this obvious fact, even now, I find myself speechless and my heart is rent with the utmost grief.

The peace we enjoy today exists only upon such precious sacrifices. And therein lies the origin of postwar Japan.

We must never again repeat the devastation of war.

Incident, aggression, war -- we shall never again resort to any form of the threat or use of force as a means of settling international disputes. We shall abandon colonial rule forever and respect the right of self-determination of all peoples throughout the world.

With deep repentance for the war, Japan made that pledge. Upon it, we have created a free and democratic country, abided by the rule of law, and consistently upheld that pledge never to wage a war again. While taking silent pride in the path we have walked as a peace-loving nation for as long as seventy years, we remain determined never to deviate from this steadfast course.

Japan has repeatedly expressed the feelings of deep remorse and heartfelt apology for its actions during the war. In order to manifest such feelings through concrete actions, we have engraved in our hearts the histories of suffering of the people in Asia as our neighbours: those in Southeast Asian countries such as Indonesia and the Philippines, and Taiwan, the Republic of Korea and China, among others; and we have consistently devoted ourselves to the peace and prosperity of the region since the end of the war.

Such position articulated by the previous cabinets will remain unshakable into the future.


However, no matter what kind of efforts we may make, the sorrows of those who lost their family members and the painful memories of those who underwent immense sufferings by the destruction of war will never be healed.

Thus, we must take to heart the following.

The fact that more than six million Japanese repatriates managed to come home safely after the war from various parts of the Asia-Pacific and became the driving force behind Japan’s postwar reconstruction; the fact that nearly three thousand Japanese children left behind in China were able to grow up there and set foot on the soil of their homeland again; and the fact that former POWs of the United States, the United Kingdom, the Netherlands, Australia and other nations have visited Japan for many years to continue praying for the souls of the war dead on both sides.

How much emotional struggle must have existed and what great efforts must have been necessary for the Chinese people who underwent all the sufferings of the war and for the former POWs who experienced unbearable sufferings caused by the Japanese military in order for them to be so tolerant nevertheless?

That is what we must turn our thoughts to reflect upon.

Thanks to such manifestation of tolerance, Japan was able to return to the international community in the postwar era. Taking this opportunity of the 70th anniversary of the end of the war, Japan would like to express its heartfelt gratitude to all the nations and all the people who made every effort for reconciliation.


In Japan, the postwar generations now exceed eighty per cent of its population. We must not let our children, grandchildren, and even further generations to come, who have nothing to do with that war, be predestined to apologize. Still, even so, we Japanese, across generations, must squarely face the history of the past. We have the responsibility to inherit the past, in all humbleness, and pass it on to the future.

Our parents’ and grandparents’ generations were able to survive in a devastated land in sheer poverty after the war. The future they brought about is the one our current generation inherited and the one we will hand down to the next generation. Together with the tireless efforts of our predecessors, this has only been possible through the goodwill and assistance extended to us that transcended hatred by a truly large number of countries, such as the United States, Australia, and European nations, which Japan had fiercely fought against as enemies.

We must pass this down from generation to generation into the future. We have the great responsibility to take the lessons of history deeply into our hearts, to carve out a better future, and to make all possible efforts for the peace and prosperity of Asia and the world.

We will engrave in our hearts the past, when Japan attempted to break its deadlock with force. Upon this reflection, Japan will continue to firmly uphold the principle that any disputes must be settled peacefully and diplomatically based on the respect for the rule of law and not through the use of force, and to reach out to other countries in the world to do the same. As the only country to have ever suffered the devastation of atomic bombings during war, Japan will fulfil its responsibility in the international community, aiming at the non-proliferation and ultimate abolition of nuclear weapons.

We will engrave in our hearts the past, when the dignity and honour of many women were severely injured during wars in the 20th century. Upon this reflection, Japan wishes to be a country always at the side of such women’s injured hearts. Japan will lead the world in making the 21st century an era in which women’s human rights are not infringed upon.

We will engrave in our hearts the past, when forming economic blocs made the seeds of conflict thrive. Upon this reflection, Japan will continue to develop a free, fair and open international economic system that will not be influenced by the arbitrary intentions of any nation. We will strengthen assistance for developing countries, and lead the world toward further prosperity. Prosperity is the very foundation for peace. Japan will make even greater efforts to fight against poverty, which also serves as a hotbed of violence, and to provide opportunities for medical services, education, and self-reliance to all the people in the world.

We will engrave in our hearts the past, when Japan ended up becoming a challenger to the international order. Upon this reflection, Japan will firmly uphold basic values such as freedom, democracy, and human rights as unyielding values and, by working hand in hand with countries that share such values, hoist the flag of “Proactive Contribution to Peace,” and contribute to the peace and prosperity of the world more than ever before.

Heading toward the 80th, the 90th and the centennial anniversary of the end of the war, we are determined to create such a Japan together with the Japanese people.

August 14, 2015
Shinzo Abe, Prime Minister of Japan


メールはこちら

定期試験の予想問題を手に入れようはこちら

トレナビ試用版のダウンロードはこちら

「成績アップのための学習法」を応援していただける方は。下の2つのボタンをクリックお願いします。
にほんブログ村 受験ブログ 高校受験(本人・親)へ


高校受験 ブログランキングへ
posted by test at 11:41| Comment(0) | 自由研究

2015年08月07日

夏休みの自由研究=猛暑=

毎日暑いですね。暑い,暑いと言っている間に,夏休みも半分が過ぎてしまいました。
 早めに自由研究を終わらせておきましょう。

 自由研究のテーマとしては,冥王星無人探査機ニューホライズンズ,台風,安全保障関連法案をご紹介してきましたが,8月のテーマとしては猛暑でしょう。
 今日は,猛暑の自由研究をご紹介します。

★テーマ
◎今年の気温と昔の気温を比較してみよう。
・今年の夏休み期間中の平均気温,最高気温,最低気温の表とグラフ
・昔の夏休み期間中の平均気温,最高気温,最低気温の表とグラフ
 下記の気象庁のサイトには,1976年からのデータがあります。
 たとえば,20年前の1995年と35年前の1980年など,昔のデータは最低でも2年分用意しましょう。
 住んでいる市町村のデータがいいですが,なければもっとも近い地点のデータを使いましょう。

過去の気象データはこちら
tokorozawa1.jpg

 ちなみに,地元の所沢市の今年と1980年の比較をしました。
tokorozawa2.jpg

 驚きですね。
 今年の最高気温は,ほとんど35℃以上ですが,1980年8月は30℃を超える日もほとんどありませんでした。同じ場所とは思えません。
 
 ただし,猛暑の年,冷夏の夏もありますから,昔のデータは多いほどよいです。

◎猛暑の理由
 猛暑の理由は大きく3つあります。

1.太平洋高気圧の勢力が強い
 日本に台風が上陸していた7月中旬までは太平洋高気圧の勢力が弱かったですが,それ以降は強まり,ずっと,太平洋高気圧におおわれ,熱が蓄積されています。
 さらに,猛烈な勢力に発達した台風13号の影響で太平洋高気圧の勢力が強まっています。台風の中心では強い上昇気流が起こり,はなれた場所(日本付近)では,下降気流が起こり,高気圧が強まるのです。

2.地球温暖化
 大量に放出された二酸化炭素やフロンといった温室効果ガスは,地球全体を多い,地球が温室に入っているような状態を作り出しています。このため年々地球の気温は上がり続け,昔に比べて夏は暑くなっています。

3.ヒートアイランド現象
 ヒートアイランド現象とは,都市の気温がその郊外に比べて高くなる現象です。
 冷暖房によって放出される熱のためです。
 水より陸のほうが温度は上がりやすく,日中は海から陸に向かって風がふきます。
 さらに,夏は南の高気圧から,大陸に向かって南風がふくため,常に南から北に向かって熱が運ばれます。
 そのため,東京の熱は,埼玉県熊谷市,群馬県館林市,名古屋の熱は,岐阜県多治見市に運ばれ,連日40℃近い最高気温を記録しています。
 この暑い夏に,ヒートをプレゼントされている熊谷市,館林市,多治見市などはちょっとかわいそうですね。

 こちらが歴代の最高気温ランキングです。
saikou.jpg

 かなり前に記録したものもありますから,地球温暖化,ヒートアイランド現象だけが原因でもないですが。

 すんでいる地域の特性もありますが,地元の特徴もつかんでまとめましょう。
 データは気象からお借りしてもいいですが,表,グラフは必ず手書きしましょう。
 また,データの引用先は必ず書いておきましょう。

 では,暑さに負けずに,自由研究がんばってください。

追伸
 今日も暑かったです。
群馬県 館林 39.1℃
群馬県 伊勢崎 39.0℃
岐阜県 揖斐川 38.9℃
群馬県 前橋 38.8℃
群馬県 桐生 38.8℃
岐阜県 八幡 38.7℃
埼玉県 熊谷 38.6℃
千葉県 千葉 38.5℃
岐阜県 多治見 38.4℃
愛知県 豊田 38.4℃
岐阜県 岐阜 38.4℃
埼玉県 所沢 38.4℃

千葉市は,観測史上の記録を塗り替えたそうです。
そして,地元所沢もベスト(ワースト)10に入りました。
暑いはずです。

以今日も,南風にのって,
東京都と名古屋の熱波で熱せられところが多かったようです。


メールはこちら

定期試験の予想問題を手に入れようはこちら

トレナビ試用版のダウンロードはこちら

「成績アップのための学習法」を応援していただける方は。下の2つのボタンをクリックお願いします。
にほんブログ村 受験ブログ 高校受験(本人・親)へ


高校受験 ブログランキングへ
posted by test at 10:21| Comment(0) | 自由研究

2015年07月30日

夏休みの自由研究=台風のうずの向きは=

猛暑が続きますね。
 南の海では台風13号のたまごが発生しています。

typhoon7.jpg

 最大風速が15m/sなので,まだ熱帯低気圧です。

「台風」とは
 北西太平洋に存在する熱帯低気圧のうち、低気圧域内の最大風速がおよそ17m/s(34ノット、風力8)以上のもの。

 さて,台風といえば,下の写真のように,反時計まわりのうずをまいています。低気圧も反時計まわりです。
 しかし,南半球では逆になり,時計まわりのうずをまきます。
typhoon10.jpg

 これは,コリオリの力によります。
 コリオリの力とは、19世紀のフランスの科学者コリオリが導き出した慣性力の一種です。
 地球が自転しているために,空中にあるものにはコリオリの力がはたらき,北半球では反時計まわりのうずを,南半球では時計まわりのうずをまきます。

 下記のサイトでわかりやすく説明してあるのでのぞいてみてください。

コリオリの力はこちら

 でよく言われるが,洗面所やトイレで流した水のうずも,北半球では反時計まわりのうずを,南半球では時計まわりのうずをまくのではないか。

 もちろん,水にもコリオリの力ははたらきますが,洗面所やトイレの形など,ほかの要素の影響が強くて,北半球では反時計まわりのうずを,南半球では時計まわりのうずをまくわけではありません。
 実際に実験してみてください。

 しかし,低気圧や台風は,必ず北半球では反時計まわりのうずを,南半球では時計まわりのうずをまきます。
 そのため,台風は赤道をこえて,北半球から南半球へ行くことはほとんどありませんが,あったとしてもすぐに消滅してしますのです。

 うずといえば,植物のつたの巻き方も興味深いです。
 これを調べるだけでも十分な自由研究になりますね。



メールはこちら

定期試験の予想問題を手に入れようはこちら

トレナビ試用版のダウンロードはこちら

「成績アップのための学習法」を応援していただける方は。下の2つのボタンをクリックお願いします。
にほんブログ村 受験ブログ 高校受験(本人・親)へ


高校受験 ブログランキングへ
posted by test at 12:51| Comment(0) | 自由研究

2015年07月29日

夏休みの自由研究=台風が多い理由=

猛暑が続きますね。
熱中症にならないように気をつけてください。

さて,台風をテーマに夏休みの自由研究をされる方が多いようで,問い合わせをいただきます。
台風のしくみや,気象データから見た台風の目の分析もおもしろいですが,今年は7月に日本に接近した台風が多かった理由をまとめてもよいです。

その理由は,大きく2つあります。

1.赤道付近の海面水温が高い。
 台風は赤道付近で発生し,台風の発達には海面水温が28度以上である必要があります。
 赤道と日付変更線が交わる周辺は昨年末から海面水温が1度高い状態が続いています。

 台風9号は6月30日に,台風10号は7月2日に,台風11号は7月4日に発生しています。
 そのころの6月29日の海面水温の平年との比較です。
20150629.jpg

 P10のあたりで台風が発生しやすく,この付近の海面水温が1℃ほど高いのです。
 たった1℃ですが,気候への影響は大きいのです。
 
 台風の発生は6月が1.7個,7月が3.5個です。
 しかし,5日間で3個も発生したから異常ですね。

北西太平洋の海面水温はこちら

 日々の日本付近の海面水温はこちらでチェックできます。
 昨日の日本付近の海面水温はこちらです。
20150728.jpg


日本付近の海面水温はこちら


2.高気圧の張り出しが弱い
 暑いですが,今年は7月に高気圧の張り出しが弱かったために,日本列島へ台風が接近しました。
 通常は,太平洋高気圧のへりを通るので,7月は台湾の方角に進み,日本への影響は少ないです。
 これが,通常の台風の進路です。
sinro.jpg

台風の進路はこちら

これが今日の天気図です。
高気圧がないですね。
20150729te.jpg

それに対して1年前の2014年7月29日の日本は高気圧におおわれていました。
20140729te.jpg


 ネットでは自由研究に利用できる情報があふれています。
 観察結果は,ネットから引用しても問題ありませんが,気象庁などの信頼できるサイトから引用し,必ず引用先を記載しましょう。
  なお,この記事の画像は,すべて気象庁さんのサイトからお借りしました。ありがとうございます。

 また,実験・観察を自分でしない分,まとめるのは手書きで手間をかけましょう。


メールはこちら

定期試験の予想問題を手に入れようはこちら

トレナビ試用版のダウンロードはこちら

「成績アップのための学習法」を応援していただける方は。下の2つのボタンをクリックお願いします。
にほんブログ村 受験ブログ 高校受験(本人・親)へ


高校受験 ブログランキングへ
posted by test at 14:09| Comment(0) | 自由研究

2015年07月25日

夏休みの自由研究=台風11号の目はあったか!?=


 昨日,台風の自由研究の紹介をしました。
 台風のしくみを調べて,まとめても自由研究となりますが,実際に実験をしたり,観察をまとめたほうがポイントが高いです。

 今日は,もう1つ上の自由研究をねらい,気象庁のデータから,台風11号の目があったかどうかを調べてみましょう。

 表やグラフはホームページの印刷ではだめです。
 数値は気象庁のデータを使ってもいいですが,かならず手書きでまとめましょう。

 まず,台風11号(ナンカー)の進路は,下記のウェザーニュースのサイトで確認できます。

台風の進路はこちら

 7月16日の夜に室戸岬の近くに上陸しています。

 7月16日の夜の室戸岬を調べてみます。
 データは気象庁の下記のサイトから,もっとも詳しい10分ごとにデータにします。

過去の気象データはこちら

 20:20〜24:00のデータをのせます。
muroto.jpg

 21:30に気圧が最も下がり,942.3hPaとなっています。
 このとき,もっとも台風が近づいています。

 20分ほど時間のずれはありますが,21:50〜22:30は降水量は0mmで雨が降っていません。
 平均の風速,最大瞬間風速ともに10m/sを切り,風も弱くなっています。
 たしかに,台風の目が通っていたのです。
 また,風も北東から南西に変わっていきます。

 この結果を台風のしくみをもとにまとめるといい自由研究となります。

 ここにのせたデータは表にして,気圧,降水量,風速は1つのグラフにまとめて表しましょう。

 今後も,夏休み中に台風がくるかもしれません。
 なるべく,自分の近くを通った台風で調べてみましょう。

 自由研究も大切ですが,1学期の復習,2学期の予習も大切です。
 予習,復習なら弊社の「トレナビ」をどうぞ。

追加情報

幻想的に輝く冥王星のもや…大気の存在確認
2015年07月25日 読売新聞サイトより

【ワシントン=中島達雄】米航空宇宙局(NASA)は24日、無人探査機「ニューホライズンズ」が撮影した冥王星表面にある大気のもやの画像を公表した。

 もやは探査機が冥王星に最接近した翌日の15日、約200万キロ・メートルの距離から撮影された。太陽を背にした冥王星のもやが、太陽光を受け、指輪のように幻想的に輝く姿を写した。冥王星に窒素やメタンなどの大気があることは知られていたが、画像ではっきり観測できたのは初めて。

 NASAによると、もやの厚さは冥王星の表面から約130キロ・メートルで、成分はメタンが紫外線で変化してできるエチレンやアセチレンなどの炭化水素とみられる。これらの炭化水素が冥王星の表面付近で冷やされて凍り、粒子になってもやに見えるという。NASAと共同研究している米サウスウェスト研究所のアラン・スターン主任研究員は「信じられないほど美しい画像」と話している。



メールはこちら

定期試験の予想問題を手に入れようはこちら

トレナビ試用版のダウンロードはこちら

「成績アップのための学習法」を応援していただける方は。下の2つのボタンをクリックお願いします。
にほんブログ村 受験ブログ 高校受験(本人・親)へ


高校受験 ブログランキングへ
posted by test at 12:54| Comment(0) | 自由研究

2015年07月24日

夏休みの自由研究=台風=

 強い台風12号が明日にも沖縄本島に接近しそうです。被害がないといいのですが。
 台風が日本列島に接近するのはいつもは秋です。
 今年は7月から,台風が接近,上陸しています。

 今年は,自由研究のテーマに台風はぴったりでしょう。

 台風の基礎知識は,気象庁のこのサイトが充実しています。

台風の基礎知識はこちら

 おもしろいのが台風の命名の方法ですね。

 平成12年の台風第1号にカンボジアで「象」を意味する「ダムレイ」の名前が付けられ、以後、発生順にあらかじめ用意された140個の名前を順番に用いて、その後再び「ダムレイ」に戻ります。
 台風の年間発生数の平年値は25.6個ですので、おおむね5年間で台風の名前が一巡することになります。

 発達した熱帯低気圧が東経180度より東などの領域から北西太平洋または南シナ海の領域に移動して台風になった場合には、各領域を担当する気象機関によって既に付けられた名前を継続して使用します。

 台風12号は「ハロラ」は,珍しく,東経180度より東で発生した台風だったので,140個の名前にはありません。生まれは台風ではなく,ハリケーンだったのです。
typhoon2.jpg

 台風8号は「クジラ」でした。
 そして,つぎの台風13号は「ソウデロア」の予定です。
 「ソウデロア」は,ミクロネシアの伝説上の首長名です。

 気象庁のサイトの「台風とは 」には下記の内容が記載されています。

1.台風の一生
2.台風の大きさと強さ
3.台風の発生、接近、上陸、経路
4.台風の番号の付け方と命名の方法
5.過去の台風の番号と名前の対応表
6.台風に伴う風の特性
7.台風に伴う雨の特性
8.大雨の影響
9.台風に伴う高潮
10.高潮と台風の進路
11.台風に伴う高波
12.海岸の高潮と高波の重なり合い

 小学生なら,1〜4の内容を,中学生なら1〜4,6,7あたりをまとめるといい自由研究になります。

 また,こちらのサイトでは,実際の気象データを調べることができます。

過去の気象データはこちら

 台風11号や台風12号が接近したときの,住んでいる地域の気象データをグラフ化して入れると,さらにいい自由研究となります。



メールはこちら

定期試験の予想問題を手に入れようはこちら

トレナビ試用版のダウンロードはこちら

「成績アップのための学習法」を応援していただける方は。下の2つのボタンをクリックお願いします。
にほんブログ村 受験ブログ 高校受験(本人・親)へ


高校受験 ブログランキングへ
posted by test at 14:17| Comment(0) | 自由研究

2015年07月18日

夏休みの自由研究=冥王星無人探査機「ニューホライズンズ」の旅と冥王星=

 7月だというのに、台風11号が四国、中国地方を通過して日本海に抜け、西日本を中心に被害が増加しました。被災された方に、心よりお見舞い申し上げます。

 さて、今日からは夏休みという方も多いと思います。
 夏を満喫するのもいいですが、早めに宿題にも手をつけておきましょう。

 自由研究に時事問題をまとめる方もいらっしゃると思います。
 理科関係の時事問題なら、

□7月14日
 米航空宇宙局(NASA)は、冥王星無人探査機「ニューホライズンズ」からの電波を受信し、冥王星への最接近の成功を確認したと発表した。冥王星に接近した探査は人類初となる。
ですね。

 2006年に打ち上げられた冥王星無人探査機「ニューホライズンズ」は、10年近くの年月をかけて、冥王星まで到達しました。ピアノほどの大きさの探査機は、冥王星から約1万2000キロほどの距離まで接近し、惑星表面の画像を撮り、赤外線や紫外線センサーなどで惑星の大気、地質、そして熱分布などを測定しました。
 現在「ニューホライズンズ」は地球から約50億キロ離れているため、観測データを地球に送信するために約4時間半もかかります。
Pluto.jpg

 この夏休み中にも、どんどん最新データが公開されます。
 NASAのホームページは毎日チェックしましょう。

NASAのホームページはこちら

 ちなみに、冥王星は英語でPlutoです。

 英語の日本語に翻訳するソフトも使って、NASAの記事を自分で読んでみるのがいいですね。

●自由研究
 冥王星無人探査機「ニューホライズンズ」の旅と冥王星

●テーマ
・冥王星無人探査機「ニューホライズンズ」の10年近くの旅
・調査でわかった冥王星
・冥王星とほかの太陽系惑星
・「ニューホライズンズ」のこれからの旅
など。


情報、写真はホームページからお借りしましょう。
ただし、引用元はしっかり記載しておきましょう。

本日の毎日新聞の記事

冥王星:うろこ模様のひび割れ、氷の平原で確認


毎日新聞 2015年07月18日 11時20分

米航空宇宙局(NASA)は日本時間18日、無人探査機「ニューホライズンズ」が冥王星への接近時に撮影した広大な氷の平原の画像を新たに公開した。平原は冥王星のハート形にみえる領域の中心部分にあり、クレーターがなく、代わりに幅約20キロのうろこのようなひび割れが広がっていることが確認された。

 探査機が14日、冥王星に最接近した際に7万7000キロの距離から撮影された。NASAのチームは記者会見で「このような地形について説明することは難しい。我々が冥王星に接近する前に予測していたことを超えている」と驚きを語った。チームは、旧ソ連が1957年に打ち上げた人類初の人工衛星「スプートニク1号」にちなみ、この平原を「スプートニク平原」と名付けた。

 クレーターがない平原は、1億年前以降の新しい時代に隕石(いんせき)などがぶつかってできた変化をなくすような活動が冥王星で起きていたことを示していると考えられる。NASAによると、うろこ状のひび割れは表面の物質が凍ったり溶けたりを繰り返したことで起きた可能性や、内部の熱によって表面の物質が溶けて対流を起こしてできた可能性があるという。

 46億年前に生まれた太陽系の中で、冥王星のような小さな天体は、はるか昔に内部の熱源は失われていると考えられていた。ニューホライズンズによる観測で、標高3500メートル程度の富士山級の氷の山脈が見つかっており、何らかの地殻活動が継続している可能性が指摘されている。杉田精司・東京大教授(惑星科学)は「内部の活動が予想以上に活発な可能性もあり、重要な発見だ」と話す。【斎藤広子、伊藤奈々恵】

引用元
毎日新聞の記事はこちら

次回は、社会関係の時事問題の自由研究を紹介します。


メールはこちら

定期試験の予想問題を手に入れようはこちら

トレナビ試用版のダウンロードはこちら

「成績アップのための学習法」を応援していただける方は。下の2つのボタンをクリックお願いします。
にほんブログ村 受験ブログ 高校受験(本人・親)へ


高校受験 ブログランキングへ
posted by test at 13:00| Comment(0) | 自由研究

2014年08月19日

夏休みの自由研究


今日も暑いですね。
今年は暑い日も多かったですが、雨も多かったですね。
8月に台風が上陸したり、先週は梅雨のような雨が続いたり、異常気象ですね。

夏休みも残り2週間を切ってきました。自由研究をどうするか、あせっているかたも少なくないと思います。
今年の夏休み中の天気、過去の気象データを集めたいときは、次の気象庁のサイトが便利です。
グラフをかく機能もありますが、自由研究の場合、グラフは自分でかきましょう。

過去の気象データ検索サイトはこちら

自由研究のテーマとして、気温、雨量を過去の年の比較するのもいいですね。
夏の気温はあがりつつあります。
その猛暑の原因は大きく3つあります。

1.地球温暖化
二酸化炭素などの温室効果ガスが増えたために、気温が上がりつつあります。

2.ヒートアイランド
エアコンなどによって放出される熱によって、都市部の気温がその周辺の郊外部に比べて高温を示す現象です。地面のコンクリート化も原因の1つです。

3.あたたまり方のちがい
中2理科で学習するように地面は海よりあたたまりやすいです。そのため、内陸部は日中気温が上がりやすいです。海から内陸に向かって風が吹くことが多く、その風がヒートアイランドの熱を運び、大都市の内陸側で高温になることが多いです。
東京の北の埼玉県熊谷市、名古屋の北の岐阜県多治見市が高温となるのはそのためです。

最新の歴代全国ランキングは気象庁の下記のサイトでどうぞ。
歴代全国ランキングはこちら

猛暑による身近な生活への影響をまとめてもおもしろいですね。
本日の産経新聞の記事に、次のようなものがありました。

たしかに、今年は蚊が少ないです。
先週田舎へ帰っていたのですが、蚊だけでなく、蜂、せみ、はえも異常に少ないように思いました。
これも猛暑の影響なのでしょうか。


「蚊」がいなくなっている…猛暑が原因か、「今年は刺されない」実感も
産経新聞 8月19日(火)

「今年は蚊に刺されない」。人々の口から、こう不思議がる声が聞かれる。大阪府が10年以上にわたり府内で蚊の種類などを調べるために捕獲している蚊の数も、近年は減少傾向にある。この夏、大阪だけでなく各地で35度を超える気温を記録。専門家によると、猛暑になると、卵を産む場所の水たまりが干上がるほか、成虫でも生命を維持することが困難になるという。かつて夏と言えば、蚊に刺されることが、花火やかき氷などとともに季節を感じさせる「風物詩」だったが、それが変わりつつあるのだろうか。(張英壽)

■「1回もありません」

大阪ミナミの南海なんば駅前広場。喫煙所が設置され、木々や植栽もある。今月の真夏の日暮れ、集まった人たちに「最近蚊に刺されたか」と聞いてみた。

「今年は1回も刺されていません。言われてみて、気づきました。もともとよく刺されるほうで、例年汗をかくと刺される。今年はいつもよりも汗を多くかいているのですが」

大阪府和泉市の専門学校生の女性(44)はそう答えた。

大阪市西成区のパート従業員の女性(54)は「何十年も前と比べたら蚊は少なくなっていると思う。刺されたら、赤くなってぷくっと膨らみができるが、歩いてる人を見ても、そんなのはない。今の蚊は弱いのかな」。大きな木が近くにあったが、「こんな木の下でも虫はいないね」と話した。

確かになんば駅前で観察すると、行き交う薄着の人たちに、はっきりわかる蚊に刺された痕はない。植栽や木の近くに立っても、蚊は飛んでいなかった。

このほかにも、兵庫県伊丹市の女性会社員(27)が「例年十数回刺されるが、今年は3回くらい」、大阪市の男性会社員(52)が「子供のころは刺された。いまの家は一戸建てだが、今年はあんまり刺されない」という。

■捕獲数、10年で3分の2に
実際に蚊は減っているのか。

大阪府は平成15年から蚊の種類などを調べるために、蚊が活動する時期に府内15〜17カ所で複数回にわたり調査。調査方法や時期が異なる15年を除き、年ごとの1回あたりの捕獲数の平均値を算出すると、16年は31・61匹と最も多く、17年が30・01匹と次ぐ。これに対し、昨年の25年は21・95匹、24年は20・48匹。16〜25年の10年間でほぼ3分の2に減っている。最少は20年の19・25匹だった。

調査は捕獲装置を置き、一晩で集まった蚊の種類やウイルスを調べる。年ごとに数字はばらつきがあり、増減もしているものの、おおむね減少傾向にあるといっていい。そのはっきりした原因はわからないが、近年日本列島を襲っている猛暑が背景にあるとの説もある。

大阪府の調査でも、1回あたりの捕獲数の平均値では「観測史上最も暑い夏」と言われた22年は前年比で減少している。21年は22・97匹だったが、22年は20・68匹となった。

調査主体のひとつの大阪府環境衛生課の担当者は各年の調査結果について「雨や風といった気象条件に左右され、単純比較はできない」とするが、「暑く雨が降らなければ水たまりが干上がり、蚊が卵を産む場所が少なくなるということはいえる」と指摘する。

蚊が産卵する場所は水がたまるところで、水が滞留していることが条件だ。卵がかえると、ボウフラという幼虫になる。水が流れる場所では、卵も流失してしまう。その水たまりが少なければ、当然個体数を増やせない。

さらに担当者は20、30年の長い歳月の変化として、コンクリートやアスファルトがまちに増え、水たまりが減っていることも原因ではないかという。

■最適環境は25度
ところで血を吸うのはメスの蚊だけで、卵を産むための行為。京都府保健環境研究所によると、オス、メスがふだん食べるのは蜜や果物の汁、樹液などで、血とはほど遠い。蚊の寿命は1カ月ほどで、卵からかえり成虫になるまでは10日ほど。繁殖に適した夏の間は、産卵と孵化(ふか)、成長が繰り返されるという。

大阪府によると、日本で代表的な蚊は、ヒトスジシマカと、アカイエカ。ヒトスジシマカは一般に「ヤブカ」と呼ばれるまだら模様の蚊で、水が少ない環境でも幼虫は育つ。これに対し、アカイエカは「イエカ」と呼ばれ、その名の通り赤褐色の体色が特徴で、住宅や田園が残るような場所に多く、比較的水の量が多いところで幼虫が育つ。

蚊対策を行う害虫防除技術研究所(千葉県八千代市)の白井良和所長もこうした蚊について「水たまりが減れば幼虫が減ってしまう」としたうえで、高温になると虫が死んでしまう可能性を指摘する。

「アカイエカ、ヒトスジシマカとも最適な環境は25度前後。アカイエカは30度以上、ヒトスジシマカは35度以上になると死ぬ可能性があるが、高温になれば日陰にいく。ただ、高温が続くと長生きはできない」

晴れの日が続き、高温となり、その影響で水たまりが減る。そうなれば、蚊にとっては生きにくい環境になるわけだ。
今夏はどうか。

気象庁によると、大阪市では、7月25日に37・1度の気温を記録。同26日には35・7度。8月1日には34・5度、同5日には34・7度を記録するなど厳しい暑さが続いている。

ただ、8月7日に発表された近畿地方の1カ月予報では、「平年に比べ晴れの日が少ないでしょう」とし、平均気温は「平年並みの確率50%」。また日照時間は「平年並みまたは少ない確率ともに40%」となっている。蚊の生息にいいのか悪いのか微妙だ。

大阪府では今年も蚊の捕獲調査をスタート。今回は15カ所で実施し、最初の6月下旬は合計453匹、2回目の7月上旬は合計512匹、3回目の7月下旬は合計512匹だった。昨年は1回目が220匹、2回目は732匹、3回目は579匹。大阪府の担当者は「捕獲にはいろんな条件があるのでこれだけで今年の傾向はなんと言えない」と説明する。

統計からは今夏、蚊が多いか少ないか判断が難しいが、刺されるのを防ぐには対策を講じなければならない。蚊取り線香や殺虫剤などを製造し、「KINCHO」の商標で有名な大日本除虫菊(本社・大阪市西区)の広報担当者は「ハエ、蚊の殺虫剤の市場はまだまだ大きい」と指摘する一方、「ここ7、8年の傾向では、玄関などに置く虫除け商品の需要が高くなっている」と話す。



定期試験の予想問題を手に入れようはこちら

トレナビ試用版のダウンロードはこちら

「成績アップのための学習法」を応援していただける方は。下の2つのボタンをクリックお願いします。
にほんブログ村 受験ブログ 高校受験(本人・親)へ

posted by test at 16:12| Comment(0) | 自由研究